湯川松次郎、十九歳の時、大阪市東区平野町において
書籍小売店を開業。
.
南区松屋町において明文館の称号で出版業を起こす。
.
東区備後町一丁目に移転。
「美久仁文庫」を刊行。
この頃の「美久仁文庫」は「立川文庫」と講談小説の中間をねらったもので、大きな人気を得ていた。
.
東区順慶町一丁目に社屋を新築する。
湯川弘文社の新社名によって。
一般出版物、小学校参考書を手はじめに、中学校受験参考書から、各科目の中学校教科書へと拡大。なかでも、昭和7年刊行の、佐々木信綱、武田祐吉 両博士の「国語読本」(中等教科書)は、第1位の採用数を得る。
.
大東亜戦争により、教科書は国定となり、大打撃を受ける。戦災のため、住吉大社裏に移転する。社名を「弘文社」に改称。終戦直後には、日本で初の「入社試験問題集」「学習図鑑」「社会科事典」などを刊行する。
特に「社会科事典」は「社会科」という言葉が全くないものであった時代のため、爆発的にヒットする。
.
阿倍野区相生通に移転。
戦中・戦後にかけては、、藤沢恒夫、太宰治、吉井勇などの文芸書も多数出版する。文芸雑誌の「東西」、少年雑誌「新少年」には、年少時の手塚治虫氏が連載マンガを載せている。
.
湯川松次郎死去。代表者に岡崎達が就任。
.
東住吉区中野二丁目に、現社屋(5F)を新築、移転する。
主な出版物
「国家試験・資格試験」シリーズ。
300点目標に続刊中。
「公務員・就職関係」シリーズ50点。
「日常の法律相談」シリーズ。
「公害防止管理者・環境計量士」シリ ーズ「危険物取扱者」シリーズ「測量士補・土木施工」シリーズ 等 多数。
社歴参考文献:日本の書店百年
著者:尾崎秀樹・宗武朝子
株式会社 育英社
..
○常務取締役・編集部長・仕入れ兼任 岡崎 靖 ○取締役・営業部長 足立久寿 ○販売部長:山辺啓三 |